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DATE:2018/11/20

とらやに学ぶ!100年以上続く為のブランド作り【Rさんの転がるブランディング】

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とらやに学ぶ!100年以上続く為のブランド作り【Rさんの転がるブランディング】

こんにちは、Rです。
今回はなぜこの企業は生き残れているのかを私なりに調べてみたので少しお話ししたいと思います。
(あくまでも私的なやり方です)

今回の分析についての行い方(私流)

もし何かいいやり方があればコメント欄に!

 

1.そもそも虎屋って何ですか?

主力商品、経営理念

 

2.歴史を見る

→その中で何をしていたか、どんなユーザーが購入していたか
(室町、江戸、明治、平成から分ける)

 

上の2つをざっくり考えます。

1.とらやってそもそもなんやねん!

・室町時代後期から続く京都の老舗和菓子屋。
・主な主力商品は羊羹。

■とらやの企業理念
(社長挨拶から抜粋)

「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」

和菓子を通じて社会とつながり、お役に立てるよう、私たちの視野や姿勢はつねに広く柔軟でありたい。
時代の変化のなかで新たにお届けできるもの、新たなご提案はないかと想像をめぐらせる
──丁寧な試行錯誤も、私たちの大切な仕事です。

2.とらやのそもそもの歴史を考える

昔から言われている事ですが、
敵を知らないとこちらも対策が取れませんよね?
まずは相手の歴史と手法を知りましょう。

本家URL
https://www.toraya-group.co.jp/toraya/tradition/history/

鎌倉時代
・もともと鎌倉時代は受注生産品だった。
・天皇に献上される
・砂糖が貴重品だった為、今の様な羊羹ではなかった。

江戸時代
・競合が増える

明治時代
・天皇献上品
・洋菓子の出現で売上低迷

昭和
・天皇御用達から外れそうになる目に陥る(最終的には外れない)

現在
・「あんこ」を売りにした新規事業を展開
・TORAYA CAFE をオープン
・オンラインショップもオープン
・時代に合わせた商品づくりを意識している。

【分析してみる!】

 

■そもそも【とらや】はなぜ生き残れているのか

皆さんこう思いませんか?

「別に羊羹なんてとらやじゃなくてもいいやん・・・・」

確かにこんな意見もありませすし、

「いやいや、羊羹といえばとらやでしょ!」

という方もいらっしゃると思います。

今回は私の観点から考えるとここを分析するのがとらやが生きていけるポイントなのではないかと思います。

とらやは「いやいや、羊羹といえばとらやでしょ!」
という人々をきちんと考えてマーケティングを行っています。

そして≪時代の変化のなかで新たにお届けできるもの、新たなご提案はないかと想像をめぐらせる≫
最近のとらやはこの企業理念を重視している傾向にあるのではないかと思います。

■時代に沿って企業を合わせるという社風

・最近のとらやは若年層の取り込みにも力を入れ【TORAYA CAFE】なるものもオープン。
(筆者も行ってきました!)
・インスタ映えを意識した商品作り
・オンラインショップもオープン。
・海外での展開(パリなど)

 

■「いやいや、羊羹といえばとらやでしょ!」なユーザーを分析してみる!

今回のとらやスキーさん

性別: 女性
趣味: 食べ歩き
年齢: 40~50代
とらやを使う時は?: 贈答品、お歳暮
好きなブランド: ルイヴィトン
買い物に出かける時間帯: 13:00~
仕事:専業主婦

ちなみに想定ユーザーの情報は多いほど最高です。
このユーザーはあくまで主観ですが、ブランドに興味があるように見受けられ、
お歳暮、贈答品もキチンと出しているイメージがありますね。

 

■そもそもなんで羊羹?どら焼きじゃダメなの?

正直なんで羊羹?なのはわかりませんが、
羊羹は昔はお菓子ではありませんでした。

もともとは中国の料理で、読んで字のごとく羊の羹(あつもの)、つまりは羊の肉を煮たスープの類でした。
南北朝時代に北魏の捕虜になった毛脩之が「羊羹」を作ったところ太武帝が喜んだという記事が宋書に見えますが、
これは本来の意味の羊のスープであったと思われます
冷めることで肉のゼラチンによって固まり、自然に煮凝りの状態となります。
抜粋:wikipedia「羊羹」

こんな記述があるように羊羹の始まりはただの煮凝りスープでした。
それが次第に室町時代などで、甘味として確立し、
現在の羊羹になっているのです。

この記事を書いた人

R

甘い物、辛い物どちらもいけるタイプです。疲れた時は激辛が無性に食べたくなりませんか?

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